夕方、ソファでくつろいでいた犬の前に飼い主さんが腰をかがめる。抱っこしようと手を伸ばしただけなのに、犬がふっと顔をそむける。そんな場面はありませんか。
抱っこそのものが嫌というより、「何が始まるのかわからない」ことに身構える犬もいます。耳そうじ、ブラッシング、足ふき、爪まわりを見る時間も同じです。人にはほんの短い用事でも、犬から見れば急に体を触られる出来事です。
私がモモとナナと暮らしていて思うのは、上手にやることより、順番を急に変えないことです。モモは人が大好きなので抱っこにも寄ってきますが、眠いときにいきなり脇へ手を入れると、少し体を固くします。ナナは皮膚が弱いぶん、体に触れる前の空気をよく見ています。先に声をかけ、使うタオルやブラシを見せてから待つ。これだけで表情が違う日があります。
犬は手より先に、飼い主さんの流れを見ています
犬は言葉だけを聞いているわけではありません。立ち上がる音、歩いてくる速さ、手に持ったもの、飼い主さんの呼吸まで含めて、「次はこうだ」と覚えていきます。
たとえば足ふきなら、帰宅してすぐ足をつかむのではなく、玄関でひと息つく、タオルを広げる、名前を呼ぶ、それから触る。この順番をなるべく同じにします。抱っこなら、正面から近づいて声をかけ、手を添える前に一拍待つ。犬が目を向けたり、体をこちらへ預けたりしてから支えます。
毎回きれいにそろえる必要はありません。ただ、急いでいる日にだけ手順を飛ばすと、犬にはその差が案外はっきり伝わります。やることを増やすより、いつもの流れを細く長く続けるほうが、暮らしになじみます。
「触るよ」の合図は、ひとつで足ります
合図を何種類も覚えさせようとしなくて大丈夫です。家の中で使いやすい短い言葉を、ひとつ決めるだけで十分です。「抱っこするね」「足を見せてね」のように、飼い主さんが無理なく毎回言える言葉が向いています。
言葉のあとには、すぐ作業に入らず少し間を置きます。その間に犬が立ち去るなら、その日は気分や体調を見直すきっかけになります。無理に追いかけて整えるより、場所を変えたり、時間をずらしたりするほうが落ち着くこともあります。
道具を作る側から見ると、この場面で優先したいのは、飼い主さんの操作のしやすさより犬が予測できる順番です。首輪やリードも、散歩へ行く前の合図として扱うなら、出す場所や手に取る順番をなるべく一定にしたほうが、犬は戸惑いにくいと感じます。
工房には、首輪を見ただけで散歩の準備だとわかるようになった、というお話がメッセージで届くことがあります。道具そのものの力というより、それを手にする飼い主さんの動きが毎日同じだったのだと思います。
嫌がる日は、手入れを終えることより理由を見る
合図をしても、今日は避ける。そんな日もあります。眠い、遊び足りない、床が滑る、触られる場所が気になる。理由はひとつではありません。
ナナは、乾いた空気の時期に体を触られるのを嫌がる日がありました。ブラシの種類や時間を短くしても変わらないときは、無理に続けず、皮膚の赤みなどを見て獣医さんに相談しました。お手入れの手順だけで片づけないほうがよいこともあります。
ぐったりしている、呼吸が苦しそう、立てない、吐く、または飼い主さんが心配だと感じるときは、犬具やしつけの工夫より先に獣医さんなどの専門家へ相談してください。
今日から試せる実践Tips

今夜からなら、抱っこやお手入れの前に「合図、ひと呼吸、触る」の三つだけを試してみてください。
- 触る前に、いつも同じ短い言葉をかける
- 犬の顔や耳、体の力の入り方を見るために少し待つ
- 体を寄せてきたら触り、避けたら追わずにいったん手を引く
最初は、合図をしたあと何もせず終える日があってもかまいません。「この言葉のあとに、毎回すぐ何かされるわけではない」と犬が知る余地も残ります。
モモには抱っこの前に名前を呼んで手を見せること、ナナにはブラシを置いてから声をかけることを続けています。大げさな方法ではありません。それでも、こちらが急がないと決めるだけで、犬の目線を待てるようになりました。
犬の暮らしには、予定表に書かれない小さな用事がたくさんあります。そのたびに「これから触るよ」と知らせる習慣があると、飼い主さんの手つきまで少し穏やかになります。


